呉服の鈴屋
1300年の伝統を誇り、2014年ユネスコ世界無形文化遺産に登録された本美濃紙と「うだつの上がる町並み」が美しい、岐阜県美濃市。
伝統的建造物群保存地区に指定され、江戸時代の風情残るこの町は、地方でありながらも東西の文化が上手く調和した町人文化の残る、粋で洒落にも敏感な土地柄です。

「花みこし」や「あかりアート展」に代表されるように、美しいものには目のない美濃町人、鈴屋はそんな風土の中で、長年ひたむきに呉服を生業としております。
写真(右) 「創業者 服部鈴夫」
沿革
昭和6年
1931年
創業者 服部鈴夫が岐阜の大店、笹五呉服店に入店
昭和10年頃
笹五呉服店

笹五呉服店(手前が本館、奥は新館)

笹五呉服店時代の初代 鈴夫

笹五呉服店時代の初代 鈴夫
(商人通名「鈴七」、前列中央)

往時の笹五呉服店内の様子

往時の笹五呉服店内の様子

昭和15年
1940年
笹五呉服店「番頭」になる
昭和18年
1943年
戦争により、笹五呉服店を退店
昭和20年
1945年
(終戦)
昭和22年
1947年
自宅から行商を始める
昭和26年
1951年
市内永重町にて「呉服の鈴屋」開店
昭和27年頃 昭和27年頃の写真
昭和28年
1953年
市内俵町に移転
昭和36年頃 昭和36年頃の写真
昭和39年頃
昭和39年頃の写真
昭和39年頃の写真
昭和45年
1970年
二代目 服部秋生が修業より戻る
昭和45年頃
展示会の様子

展示会の様子

昭和48年頃
昭和49年
1974年
現店舗完成

現店舗開店

平成 7年
1995年
法人化、「有限会社 呉服の鈴屋」設立
平成12年
2000年
三代目 服部修史が修業より戻る
平成17年
2005年
「鈴屋衣蔵」完成

展示場と着付けサービス充実のための「鈴屋衣蔵」が完成

番頭(ばんとう)
商屋の使用人の中で最高の地位。
商屋に丁稚(でっち)・小僧(こぞう)として住み込み、使い走りや雑役に従事し、手代を経て、ようやく番頭になることができます。
番頭になると経営のみならず、その家の家政にも関わりました。着物も手代までとは異なり、主人と同様に「羽織」を着用することが許されます。また丁稚、手代までは住み込みが原則ですが、番頭になると住み込みから解放され、通い(自宅通勤)が許可され、同時に結婚も許されます。
また、番頭は「暖簾分け(独立)」することも許されました。
しかしながら番頭になるまでには、手代同士の厳しい競争を勝ち抜く必要がありました。